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洋菓子の日(9月29日)|サン・ミシェル(大天使ミカエル)と洋菓子の歴史、名前の由来

マカロンやシュークリーム、フルーツタルト、ショートケーキ、エクレア、チョコレートケーキなど、さまざまな洋菓子を並べた写実的な水彩画

9月29日は「洋菓子の日」です。

ショートケーキやシュークリーム、モンブラン、プリン、チョコレートなど、私たちの身近にはたくさんの洋菓子があります。

普段何気なく食べている洋菓子ですが、その背景をたどってみると、意外な歴史や名前の由来が隠れています。

今回は「洋菓子の日」をきっかけに、洋菓子が日本でどのように親しまれるようになったのか、そして身近なお菓子にまつわる話を見ていきましょう。


9月29日は「洋菓子の日」

「洋菓子の日」は、洋菓子の魅力を多くの人に知ってもらうことを目的として、三重県洋菓子協会が制定した記念日です。

日付の9月29日は、フランスの菓子職人の守護聖人とされる**サン・ミシェル(大天使ミカエル)**に由来しています。

サン・ミシェル(大天使ミカエル)の祝日は9月29日であることから、この日が洋菓子の日に選ばれました。

「洋菓子の日」という名前から、単純に「洋菓子を食べる日」と思ってしまいそうですが、実は西洋の菓子職人と深いつながりを持つ日なのです。


そもそも「洋菓子」とは?

洋菓子とは、一般的にはヨーロッパなど西洋の食文化をもとに、日本で発展してきた菓子のことを指します。

ケーキ、パイ、タルト、シュークリーム、プリン、クッキー、チョコレートなど、現在では非常に多くの種類があります。

一方、日本には、ようかん、まんじゅう、だんご、最中、どら焼きなどの「和菓子」があります。

ただし、洋菓子と和菓子の境界は必ずしも単純ではありません。

たとえばカステラは西洋から伝わった菓子をもとにしながら、日本独自の製法や味わいへと発展しました。

このように、海外から伝わったお菓子が日本の食文化の中で姿を変えていくことも、洋菓子の歴史を考えるうえで興味深いところです。


洋菓子はいつ日本に伝わった?

日本に西洋の菓子が伝わったのは、16世紀の南蛮貿易の時代です。

ポルトガルやスペインなどから訪れた人々によって、カステラや金平糖などの菓子が伝えられました。

当時の日本では、砂糖そのものが現在ほど身近なものではありませんでした。

そのため、砂糖をふんだんに使った西洋の菓子は、珍しく貴重な存在だったと考えられます。

その後、時代が進むにつれて西洋文化が日本へ広がり、明治時代以降には洋菓子を専門に扱う店も増えていきました。

そして現在では、洋菓子は特別な日のものだけではなく、日常のおやつとしても親しまれています。


シュークリームの「シュー」は何の意味?

身近な洋菓子の名前にも、外国語が隠れています。

「シュークリーム」の「シュー」は、フランス語の「chou」に由来します。

chouには「キャベツ」という意味があり、焼き上がったシュー生地の形がキャベツに似ていることから、この名前が付いたとされています。

日本では「シュークリーム」と呼ばれていますが、英語では一般的に「cream puff」と呼ばれます。

普段は当たり前のように使っている名前でも、その意味を知ると、一個のシュークリームを見る目が少し変わってきます。


モンブランは山の名前

ケーキの「モンブラン」も、名前に意味があります。

モンブランはフランス語で「Mont Blanc」と書き、「白い山」という意味です。

ヨーロッパのアルプス山脈にあるモンブランをイメージした名前で、山のように盛り付けられたクリームが特徴です。

栗を使ったモンブランは日本でも非常に人気がありますが、世界には栗を使わないタイプなど、さまざまなスタイルがあります。

「モンブラン=栗のケーキ」と思っている人も多いかもしれませんが、名前そのものは栗ではなく「白い山」を意味しているのです。


プリンも洋菓子の仲間

日本で親しまれている「プリン」も洋菓子の代表格です。

プリンという名前は、英語の「pudding(プディング)」に由来するとされています。

日本のプリンは、卵と牛乳、砂糖などを使って蒸したり焼いたりするカスタードプリンが一般的です。

しかし、海外のプディングには、日本でいうプリンとは大きく異なるものもあります。

つまり、日本で定着した「プリン」は、海外のお菓子をそのまま再現したものというより、日本の食文化の中で独自に親しまれるようになった洋菓子の一つといえます。


ショートケーキは日本で独自に発展

日本の洋菓子を語るときに外せないのがショートケーキです。

スポンジ生地に生クリームとイチゴを組み合わせたタイプは、日本では定番のケーキとして知られています。

ところが、「ショートケーキ」という名前から想像するものは、海外では必ずしも日本と同じではありません。

英語圏の「shortcake」には、ビスケットのような生地を使い、果物やクリームを組み合わせるタイプもあります。

日本でおなじみのショートケーキは、西洋菓子を取り入れながら、日本人の好みに合わせて発展した洋菓子の一例なのです。


洋菓子と砂糖の深い関係

洋菓子の魅力を考えるうえで、砂糖は欠かせない存在です。

ケーキやクッキー、キャンディー、チョコレートなど、多くの洋菓子に砂糖が使われています。

日本でも砂糖は古くから利用されていましたが、かつては現在ほど一般家庭で気軽に使えるものではありませんでした。

洋菓子が広く普及していった背景には、砂糖をはじめとする原材料の流通や製菓技術の発展も関係しています。

つまり、ケーキを一つ食べるという何気ない行為の裏側にも、食材の歴史や産業の発展がつながっているのです。


洋菓子は日本で「特別な日」から「日常」へ

昔の日本では、洋菓子は今よりも特別感のある食べ物でした。

誕生日やクリスマスなどのイベントでケーキを食べる習慣が広がり、洋菓子は「お祝いの日を彩るもの」として定着していきました。

現在では、コンビニやスーパーでもケーキやシュークリーム、プリンなどを購入できます。

専門店では季節のフルーツを使ったケーキや、伝統的な製法を大切にした焼き菓子なども楽しめます。

洋菓子は「特別な日のごちそう」から、いつでも楽しめる身近なお菓子へと変化してきたのです。


読者へのメッセージ

洋菓子は、ただ甘くておいしいだけのお菓子ではありません。

海外から日本へ伝わり、時代の変化や日本人の好みに合わせて姿を変えながら、現在のような豊かな食文化へと発展してきました。

シュークリームの「シュー」がフランス語で「キャベツ」を意味していたり、モンブランが「白い山」を意味していたり、日本のショートケーキが海外とは異なる形で親しまれていたり。

身近なお菓子にも、その名前や形の中にさまざまな物語があります。

9月29日の「洋菓子の日」は、いつもの洋菓子を少し違った目で見てみるきっかけにしてみてはいかがでしょうか。

お気に入りのケーキやシュークリームを味わいながら、そのお菓子がどこから来て、なぜその名前で呼ばれているのかを考えてみると、いつもの一口が少し特別に感じられるかもしれません。


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