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毎月13日は「一汁三菜の日」|知っておきたい由来と和食の献立の考え方

白いご飯、豆腐とわかめの味噌汁、焼き鮭、青菜の和え物、根菜の煮物などを木製の食卓に並べた一汁三菜の和食膳。リアルな水彩画風の描写。

「今日の食事、少し野菜が足りないかも」

「最近、同じような料理ばかり食べているな」

そんなふうに、自分の食生活を振り返ることはありませんか。

忙しい毎日の中では、食事を手早く済ませることも珍しくありません。ご飯とおかず一品で終わる日もあれば、麺類や丼物など、一皿で完結する料理を選ぶこともあります。

もちろん、毎食きれいに料理を並べる必要はありません。

そんな現代の食卓を考えるうえで、改めて注目したいのが、**「一汁三菜(いちじゅうさんさい)」**という日本の食事スタイルです。

毎月13日は「一汁三菜の日」。

この記念日は、和食の素材メーカー6社で構成する**「一汁三菜 ぷらす・みらいご飯」**によって制定されました。

一汁三菜とは、主食に汁物、主菜、副菜、副々菜を組み合わせる献立の考え方です。

そこには、さまざまな料理を組み合わせることで、いろいろな食品を食卓に取り入れ、バランスのよい食生活につなげていこうという考え方があります。

そして、その食文化を子どもたちへ伝え、未来の食卓へつないでいくことも、この記念日に込められた大切な目的です。

今回は「一汁三菜の日」の由来から、一汁三菜が持つ意味、現代の暮らしに取り入れるヒントまで、じっくり紹介します。


毎月13日は「一汁三菜の日」

「一汁三菜の日」を制定したのは、和食の素材メーカーで構成される**「一汁三菜 ぷらす・みらいご飯」**の6社です。

その6社は、

  • フジッコ株式会社

  • ニコニコのり株式会社

  • キング醸造株式会社

  • 株式会社はくばく

  • 株式会社ますやみそ

  • マルトモ株式会社

です。

日付が毎月13日になったのには、ユニークな理由があります。

「13」という数字が、「一汁三菜」の読み方を連想させることから、毎月13日が記念日に選ばれました。

一年に一度だけではなく、毎月13日に設定されているところも、この記念日の特徴です。

食生活は一日で大きく変わるものではありません。

だからこそ、月に一度でも食卓を振り返る機会をつくることで、普段の食事について考えるきっかけにしてほしいという思いが感じられます。

なお、「一汁三菜の日」は一般社団法人・日本記念日協会によって認定・登録された記念日です。


「一汁三菜 ぷらす・みらいご飯」が伝えたいこと

この記念日の目的は、単に「一汁三菜という献立を知ってもらう」ことだけではありません。

さまざまな料理を組み合わせることで、いろいろな栄養素をバランスよく取り入れられる一汁三菜という和食のスタイルを、子どもたちへつないでいくことが大きな目的とされています。

食事を取り巻く環境は、昔と現在では大きく変わりました。

外食や中食、冷凍食品、レトルト食品、コンビニなど、忙しい生活を支えてくれる選択肢も増えています。

こうした便利な食品を上手に利用することは、決して悪いことではありません。

むしろ重要なのは、便利さを活用しながら、「食事全体の組み合わせを見る」という視点を持つことです。

一汁三菜は、そのための分かりやすい目安の一つになります。


一汁三菜とは?「五つの役割」で考える和食

一汁三菜という言葉を分解すると、その意味が見えてきます。

一汁は汁物を一品。

三菜は、主菜と副菜、副々菜の三品を指します。

そこに主食を加えることで、一般的には次のような献立になります。

主食

ご飯など、食事の中心となるものです。

汁物

味噌汁やすまし汁など。

主菜

魚、肉、卵、大豆製品などを使った料理です。

副菜

野菜、海藻、きのこなどを使った料理が中心になります。

副々菜

もう一品の副菜を加えます。

例えば、

ご飯
+豆腐とわかめの味噌汁
+焼き鮭
+ほうれん草のおひたし
+ひじきの煮物

という組み合わせです。

このように見ると、一汁三菜は単に料理を5品並べるという話ではないことが分かります。

それぞれの料理に役割を持たせ、異なる食材を組み合わせながら一食全体を構成するという考え方なのです。


一汁三菜の魅力は「品数」ではなく「組み合わせ」

一汁三菜について考えるとき、最も大切にしたいのがここです。

「三菜だから、おかずを必ず3品作らなければならない」

と考えてしまうと、料理をする人にとって大きな負担になります。

しかし、一汁三菜の魅力は、料理の数を競うことではありません。

例えば、主菜に魚を選び、副菜に野菜料理を添える。

味噌汁には豆腐やわかめ、きのこなどを加える。

こうして、一つの料理だけではなく、食卓全体でさまざまな食材を組み合わせることに意味があります。

そのため、一汁三菜を現代の生活に取り入れるなら、「何品作ったか」よりも「どんな料理を組み合わせたか」に目を向けるのがおすすめです。


一汁三菜は「食卓の引き算」にも役立つ

一汁三菜というと、料理を増やす「足し算」のイメージがあります。

しかし、実際には**献立を考えるための「引き算」**にも活用できます。

例えば、揚げ物が主菜なら、副菜まで揚げ物にしない。

味の濃い料理があるなら、ほかのおかずは素材の味を生かした料理にする。

肉料理が続いていたら、次の食事では魚や大豆製品を選んでみる。

こうして料理同士の重なりを減らしていくと、献立全体を考えやすくなります。

つまり一汁三菜は、

「料理を増やすためのルール」ではなく、「食卓全体を見るための考え方」

と捉えると、より身近になります。


季節の食材を楽しめるのも一汁三菜の魅力

日本の食文化には、季節の変化を食卓に取り入れる楽しみがあります。

春なら菜の花や春キャベツ。

夏ならトマト、なす、きゅうり。

秋ならきのこ、さつまいも、かぼちゃ。

冬なら大根、白菜、ねぎなど。

同じ一汁三菜でも、季節の食材を取り入れるだけで、献立は大きく変わります。

例えば秋なら、

きのこの味噌汁+鮭の焼き物+ほうれん草のおひたし+かぼちゃの煮物

のように、旬を意識した食卓をつくることができます。

一汁三菜は、栄養面だけを考えるものではありません。

「今日は何が旬なのだろう?」と考えることも、食事を楽しむ一つの方法なのです。


忙しい人ほど「一汁三菜」を柔軟に考えよう

現代の生活では、毎日すべての料理を一から作るのは大変です。

仕事や学校、家事、育児など、それぞれの生活リズムがあります。

だからこそ、一汁三菜を実践するときは、最初から完璧を目指さないことが大切です。

例えば、

  • 具だくさんの味噌汁を作る

  • 冷凍野菜を活用する

  • 納豆や豆腐を一品として取り入れる

  • 作り置きした副菜を利用する

  • 主菜に野菜を組み合わせる

  • 市販のおかずを上手に組み合わせる

といった方法があります。

「一汁三菜を完成させなければいけない」と考えるのではなく、普段の食事を少しだけ一汁三菜に近づけるくらいの感覚でもよいでしょう。


子どもたちに伝えたい「食べること」の楽しさ

「一汁三菜の日」が大切にしている、子どもたちへの食文化の継承。

これは、単に和食の料理名を覚えてもらうことではありません。

例えば食卓で、

「この魚は何という魚かな?」

「今日の味噌汁には何が入っている?」

「この野菜は春が旬なんだよ」

と話すだけでも、食材への興味が生まれます。

料理を一緒につくったり、買い物で食材を選んだりすることも、食べることを学ぶ機会になります。

一汁三菜という形をきっかけに、食材、季節、料理、家族との会話まで広がっていく。

そこに、次の世代へ食文化をつないでいく意味があるのではないでしょうか。


毎月13日は「自分の食卓」をチェックしてみよう

毎月13日になったら、最近の食事を少し振り返ってみるのもおすすめです。

「野菜をあまり食べていなかった」

「魚料理が少なかった」

「一品料理が続いていた」

「忙しくて食事を急いでいた」

そんなことに気づいたら、それだけでも十分です。

次の食事で、野菜を一品追加する。

味噌汁に具材を増やす。

いつもとは違う食材を一つ選んでみる。

その小さな変化が、食生活を見直すきっかけになります。

大切なのは、毎日完璧な食事を目指すことではありません。

自分の食卓を定期的に見つめ直す習慣を持つことです。


読者へのメッセージ

毎月13日の「一汁三菜の日」。

この日を、料理の品数を増やす日ではなく、自分や家族の食卓を見つめ直す日として過ごしてみませんか。

ご飯に汁物を添える。

主菜に野菜のおかずを組み合わせる。

味噌汁に豆腐やきのこを加える。

旬の食材を一つ取り入れてみる。

そんな小さな工夫でも、一汁三菜の考え方を暮らしに取り入れることができます。

そして、家族で食卓を囲むときには、料理や食材について少し会話してみるのもいいでしょう。

「これは何の野菜?」

「今日は魚にしてみよう」

「この味噌汁、おいしいね」

そんな何気ない会話も、食べることへの興味や、日本の食文化を次の世代へ伝えるきっかけになります。

一汁三菜は、昔ながらの献立をそのまま再現することだけが目的ではありません。

食生活が多様化した今だからこそ、さまざまな料理を組み合わせ、食卓全体を見渡すという考え方には、現代の暮らしにも活かせる価値があります。

「一汁三菜 ぷらす・みらいご飯」の6社がこの記念日に込めている、バランスのよい食生活を子どもたちへ伝え、和食のスタイルを未来へつないでいくという願いも、まずは身近な食卓から感じることができます。

毎月13日は、完璧な献立を目指す日ではありません。

「今日の食事はどうだったかな?」と、いつもの食卓を一度立ち止まって考える日。

一汁三菜という日本の食卓の知恵を、無理なく、楽しく、これからの暮らしに取り入れながら、食べることの楽しさと和食の魅力を次の世代へつないでいきたいですね。


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