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シーダーメサ(Cedar Mesa)|ユタ州の大地に刻まれた峡谷と古代の暮らし

アメリカ・ユタ州南東部に、シーダーメサ(Cedar Mesa)と呼ばれる広大な台地があります。 乾燥した大地に白や赤、オレンジ色の岩肌が広がり、台地の縁には深い峡谷や崖が刻まれています。 一見すると、荒々しい岩山が広がるだけの場所に見えるかもしれません。 しかし、シーダーメサを知るほど、その風景が単なる「絶景」ではないことに気づきます。 そこには、 はるか昔の砂が岩になった地球の歴史と、峡谷で暮らした古代の人々の歴史 が重なっているのです。 シーダーメサは「山」ではなく巨大な台地 シーダーメサは、ユタ州南東部のサンフアン郡に位置する台地です。 面積は400平方マイル(1,000平方キロメートル)を超え、中心部の標高は約6,500フィート(約2,000m)。 周囲の地形は平均約4,200フィート(約1,300m)なので、シーダーメサは周辺よりかなり高い場所にあります。 この大きな標高差が、シーダーメサの景観を特徴づけています。 台地の縁を水が長い年月をかけて削り続けた結果、深い峡谷や切り立った崖が生まれました。 つまり、シーダーメサの壮大な景観は、 高く残った大地と、それを削り続けた侵食の力 によって生まれたものなのです。 目の前の岩は、はるか昔の「砂」だった シーダーメサの景観を理解するうえで重要なのが、砂岩です。 現在は硬い岩になっていますが、その起源をたどると、はるか昔に堆積した砂に行き着きます。 シーダーメサ砂岩は、およそ2億9,000万~2億7,500万年前ごろに形成された地層です。 当時は現在とはまったく違う環境で、風によって運ばれた砂が大規模な砂丘をつくっていました。 その砂が長い時間をかけて堆積し、固まり、現在の砂岩になったのです。 目の前にある巨大な岩壁が、かつては風に舞う砂だったと考えると、景色の見え方も変わってきます。 シーダーメサの岩は、太古の砂丘が残した記録なのです。 白い岩と赤い岩が生まれる理由 シーダーメサ周辺では、白っぽい砂岩だけでなく、赤やオレンジ色の地層も目に入ります。 この色の違いも、ユタ州南東部の景観を印象的にしている特徴です。 岩石に含まれる鉄が酸化すると、赤やオレンジ色が現れます。 一方、鉄分の少ない砂岩は白っぽく見えます。 そのため、岩壁を眺めると、まるで大地に赤や白の模様が描かれているように感じられます。 夕方に光が低く...

くつろぎの日(9月26日)|コメダ珈琲店が大切にする「くつろぎ」の意味とは

9月26日は「くつろぎの日」です。 「くつろぐ」と聞くと、ソファに座ってコーヒーを飲んだり、好きな音楽を聴いたり、何もせずにゆっくり過ごしたりする時間を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。 「くつろぎの日」は、喫茶店文化と深い関わりを持つ記念日です。 今回は、その由来や「くつろぎ」という言葉に込められた意味、さらに忙しい毎日の中で楽しみたいくつろぎの時間について紹介します。 9月26日は「くつろぎの日」 「くつろぎの日」を制定したのは、コメダ珈琲店を運営する株式会社コメダです。 日付は、**「く(9)つ(2)ろ(6)ぎ」**と読む語呂合わせから9月26日とされました。 記念日は 2019年(令和元年)に一般社団法人・日本記念日協会によって認定・登録 されています。 コメダ珈琲店は1968年に創業し、2018年には創業50周年を迎えました。 その節目を経て生まれた「くつろぎの日」には、コーヒーや食事を楽しむだけでなく、誰もがゆったりと過ごせる時間や空間を大切にしてほしいという想いが込められています。 コメダ珈琲店では、お店を「街のリビングルーム」のような存在として捉えています。 つまり、喫茶店を単に飲み物や食事を提供する場所ではなく、会話をしたり、本を読んだり、一人で静かに過ごしたりできる「くつろぎの場所」として考えているのです。 なぜ喫茶店に行くと落ち着くの? 喫茶店には、自宅とは少し違う独特の居心地があります。 コーヒーの香り、食器の音、周囲から聞こえる会話、ほどよい明るさ、椅子やテーブルの配置など、さまざまな要素が組み合わさっています。 そうした環境に身を置くと、「ここでは少しゆっくりしていい」という気持ちになりやすいのかもしれません。 喫茶店の面白いところは、必ずしも明確な目的が必要ではないことです。 仕事の合間に立ち寄る。 友人と話す。 本を読む。 コーヒーを飲みながら外を眺める。 あるいは、何もせずにぼんやりする。 それぞれの過ごし方を選べるところに、喫茶店ならではの魅力があります。 「くつろぐ」は何もしないこと? 「休んでいる時間がもったいない」と感じることはありませんか? 仕事や家事、勉強など、やることが多いと、何もしていない時間を無駄に感じてしまうことがあります。 しかし、くつろぐことは必ずしも「何もしないこと」ではありません。 好きな音楽を聴...

骨董の日(9月25日)|山東京伝の『骨董集』に見る古いものの魅力

9月25日は「骨董の日」です。 骨董と聞くと、古い陶磁器や掛け軸、茶道具などを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。 しかし、骨董の魅力は「古い」ということだけではありません。 そこには、作られた時代の文化や人々の暮らし、職人の技術、そして長い年月を経てきたからこそ生まれる味わいがあります。 今回は「骨董の日」をきっかけに、なぜ9月25日が記念日になったのか、「骨董」という言葉を広めた人物は誰なのか、そして古いものが現在まで大切にされる理由について見ていきましょう。 9月25日は「骨董の日」 「骨董の日」は、骨董・美術品のオークションを手がける株式会社古裂會(こぎれかい)が制定した記念日です。 日本の古き良き文化の一つである骨董品を、より多くの人に愛してもらうきっかけの日とすることを目的としています。 2017年には一般社団法人・日本記念日協会によって認定・登録されました。 では、なぜ9月25日なのでしょうか。 その由来には、江戸時代の人物が深く関係しています。 9月25日の由来は山東京伝の『骨董集』 9月25日という日付の由来となったのが、江戸時代の戯作者・山東京伝(さんとう きょうでん)です。 山東京伝は、浮世絵師としても活動した人物で、江戸時代の文化や風俗に関する知識を持っていました。 その山東京伝が著したのが『骨董集』です。 『骨董集 巻之三』の末尾には「文化十二乙亥九月二十五日」という日付が記されています。 文化12年は1815年。 つまり、現在の「骨董の日」は、江戸時代に残された一冊の本に記された日付に由来しているのです。 単なる語呂合わせではなく、実際の歴史資料と結びついているところも、この記念日の興味深いところです。 「骨董」という言葉を広めた山東京伝 「骨董」という言葉は、現在ではごく普通に使われています。 骨董品といえば、古い陶磁器、茶道具、絵画、掛け軸、家具などを思い浮かべますよね。 その「骨董」という言葉を広く知らしめるうえで大きな役割を果たした人物が山東京伝でした。 『骨董集』は、古いものや珍しいもの、昔の風俗などについて考証した随筆です。 江戸時代の人々がどのようなものを珍しいと感じ、どのような文化を楽しんでいたのかを知る手がかりにもなります。 「骨董の日」が単なる古い品物を楽しむ日ではなく、江戸時代の文化や知識に触れる日でもあると考...

中秋の名月(2026年9月25日)|満月とは違う十五夜の由来と月見の文化

夜空を見上げると、ひときわ明るく輝く月が目に入る――。 そんな秋の夜を楽しむ風習が、昔から日本に伝わる「お月見」です。 2026年の中秋の名月は、 9月25日 。 「十五夜」とも呼ばれるこの日は、月を眺めながら秋の実りに感謝する日として、現在まで親しまれてきました。 ところが、ここで一つ気になることがあります。 2026年9月25日の中秋の名月は、満月ではありません。 今年の満月は9月27日。つまり、中秋の名月と満月が2日ずれるのです。 なぜ、十五夜なのに満月ではないのでしょうか。 今回は、2026年の中秋の名月をきっかけに、その意味や由来、月見団子やススキを供える理由、そして日本ならではの「十三夜」まで紹介します。 中秋の名月とは? 「中秋の名月」とは、 旧暦8月15日の夜に見える月 のことです。 現在の暦では9月から10月ごろにあたります。 昔の暦では、7月・8月・9月を秋としていました。 その真ん中にあたる8月が「仲秋」、さらにその8月15日が「中秋」とされました。 そのため、旧暦8月15日の月が「中秋の名月」と呼ばれるようになったのです。 現在のカレンダーでは毎年日付が変わるため、 「今年はいつが十五夜なのだろう?」 と感じる人も多いかもしれません。 2026年は9月25日が旧暦8月15日にあたるため、この日が中秋の名月です。 なぜ「十五夜」と呼ばれるの? 中秋の名月は、「十五夜」とも呼ばれています。 これは、旧暦8月15日の夜に月を見る習慣からきた呼び名です。 ただし、本来の「十五夜」は旧暦8月15日だけを指す言葉ではありません。 旧暦では毎月15日の夜を十五夜と呼びます。 その中でも、秋の真ん中にあたる旧暦8月15日の月が特に美しいものとして、月見の風習が広まっていきました。 つまり、普段何気なく使っている「十五夜」という言葉には、昔の暦と月の満ち欠けが深く関係しているのです。 2026年は「中秋の名月」と「満月」が違う ここが、2026年のお月見で特に注目したいポイントです。 中秋の名月は9月25日。 そして、 満月は9月27日 です。 「十五夜なのだから満月なのでは?」 と思ってしまいますが、中秋の名月が必ず満月になるわけではありません。 旧暦の日付は月の満ち欠けをもとに決められていますが、月の満ち欠けの周期は一定の24時間単位ではありません。 その...

ランサローテ島(Lanzarote)|火山と大西洋が育んだ独特の景観と暮らし

スペイン領のカナリア諸島にある ランサローテ島(Lanzarote) 。 大西洋に浮かぶこの島の写真を初めて見た人は、きっと少し驚くはずです。 黒い大地。 赤やオレンジ色の火山。 青く広がる大西洋。 そして、そこに並ぶ真っ白な家々。 まるで映画のセットや、地球ではないどこか別の惑星のようにも見えます。 でも、ランサローテ島の面白さは、単に「珍しい景色」があることではありません。 この島では、火山がつくった厳しい環境の中で、人々が農業を営み、海と暮らし、独特の建築や芸術を育ててきました。 今回は、そんなランサローテ島を「火山」「海」「農業」「芸術」という4つの視点から眺めてみましょう。 ランサローテ島はどこにある? ランサローテ島は、スペイン領カナリア諸島を構成する島のひとつです。 アフリカ大陸の北西沖、大西洋に位置し、カナリア諸島の中でも東側にあります。 面積は約800平方キロメートル。 大きな島ではありませんが、火山、砂浜、断崖、洞窟、農地など、驚くほど多彩な景観が詰まっています。 そして、この島を理解するキーワードが「火山」です。 ランサローテ島の風景は、何百万年にもわたる火山活動によって形づくられてきました。 現在でも島のあちこちで、その痕跡を見ることができます。 月面のようなティマンファヤ ランサローテ島を代表する景観といえば、ティマンファヤ国立公園です。 ここに広がるのは、緑豊かな森林ではありません。 黒い溶岩。 赤茶色の火山。 黄色やオレンジ色の地層。 ほとんど植物のない荒々しい大地です。 その独特の景観から、しばしば「月面のような場所」と表現されます。 現在の景観をつくった大きな出来事が、1730年から1736年にかけて起きた大規模な火山噴火です。 長期間にわたる噴火によって大量の溶岩が流れ出し、広い範囲の土地が大きく姿を変えました。 さらに1824年にも噴火が起きています。 つまり、私たちが現在見るティマンファヤの風景は、単なる「古い火山跡」ではありません。 島の歴史そのものが、大地に刻まれているのです。 今も感じられる火山の熱 ティマンファヤのもう一つの魅力は、地下に残る熱です。 場所によっては地表近くでも高い温度が確認され、火山の熱が現在も残っていることを実感できます。 観光客向けには、この地熱を利用した実演も行われています。 目の前に広がる大地...

削り節の日(毎月24日)|11月24日との違いと、かつお節のうま味を知る

毎月24日は「削り節の日」です。 普段の料理で何気なく使っている削り節ですが、ふわっと立ち上る香りや、料理に加えたときの深いうま味には、日本の食文化ならではの工夫が詰まっています。 冷奴やおひたしにのせたり、だしを取ったり、お好み焼きや焼きそばに振りかけたり……。 小さな袋に入った削り節は身近な食品ですが、その背景を知ると、いつもの一品が少し違って見えてきます。 「削り節の日」はなぜ毎月24日? 毎月24日の「削り節の日」は、 東京鰹節類卸協同組合によって制定された記念日 です。 日付の「24」は、「ふ(2)し(4)」と読む語呂合わせに由来しています。 「節」を「ふし」と読むことから、2と4を組み合わせて「ふし」。 毎月24日を「削り節の日」とすることで、削り節に親しみ、その魅力を知ってもらうきっかけとなっています。 11月24日も「削り節の日」? ここで少し興味深いのが、 11月24日にも「削り節の日(鰹節の日)」がある ことです。 11月24日は、 「いい(11)ふ(2)し(4)」=「いい節」 という語呂合わせから、**全国削節工業協会が制定した「削り節の日(鰹節の日)」**です。 つまり、削り節に関する記念日は、 毎月24日 ……東京鰹節類卸協同組合が制定した「削り節の日」 11月24日 ……全国削節工業協会が制定した「削り節の日(鰹節の日)」 というように、それぞれ異なる団体によって制定されています。 同じ「削り節の日」という名前でも、日付の意味や制定団体に違いがあるのが面白いところです。 毎月24日は「ふし」、そして11月24日は「いいふし」。 どちらも語呂合わせをきっかけに、削り節やかつお節の魅力に目を向ける日になっています。 そもそも「かつお節」と「削り節」は同じもの? ここは意外と混同しやすいところです。 「かつお節」は、カツオを煮熟したあと、燻して乾燥させるなどの工程を経て作られる食品です。 一方、「削り節」は、かつお節などの節を薄く削ったものを指します。 簡単にいえば、 かつお節を削ったものが、削り節。 という関係です。 ただし、削り節にはかつお節だけでなく、さば節や宗田節などを原料にしたものもあります。 原料によって香りやうま味の特徴が異なるため、料理に合わせて使い分けると、味わいの違いを楽しめます。 なぜ、かつお節を削ると香りが広がるの? 削...

唇が乾燥しやすいのはなぜ?「なめると逆効果」の理由と、ぷるんとした唇を守る美容習慣

「肌はそれほど乾燥していないのに、唇だけカサカサする」 「リップクリームを塗っても、すぐに乾燥が気になる」 そんな経験はありませんか? 唇は顔の中でも特に乾燥しやすい部分です。 その理由は、単に「空気が乾燥しているから」だけではありません。唇は一般的な皮膚とは構造や性質が異なり、乾燥から守る仕組みが比較的弱いという特徴があります。 さらに、乾燥した唇を無意識になめる、皮をむく、噛むといった習慣が、唇への負担を増やしてしまうこともあります。 今回は、意外と知られていない**「唇が乾燥しやすい理由」**から、日常生活でできるシンプルなケアまで、唇をきれいに保つために知っておきたいポイントを紹介します。 唇はなぜ顔の中でも乾燥しやすいの? 唇の乾燥を考えるうえで、まず知っておきたいのが「皮脂」です。 私たちの肌には皮脂腺があり、皮脂などによって皮膚表面を保護する役割があります。 皮脂は肌の水分が過剰に蒸発するのを抑えたり、外部からの刺激から皮膚を守ったりする重要な存在です。 ところが、唇は一般的な皮膚と比べて皮脂腺が少なく、皮脂による保護機能が十分に働きにくい場所です。 さらに、唇の角層は比較的薄いとされているため、乾燥や温度変化、摩擦などの影響を受けやすいという特徴があります。 つまり唇は、 「自分でうるおいを守る力が弱いのに、外部環境の影響を受けやすい」 という、乾燥しやすい条件が重なっているのです。 そのため、顔の他の部分は問題なくても、唇だけカサついたり、皮がめくれたりすることがあります。 唇は「乾燥している」と感じやすい部分でもある 唇は見た目だけでなく、感覚の面でも変化を感じやすい場所です。 少し乾燥しただけでも、 カサカサする つっぱる 皮がめくれる ひび割れが気になる リップクリームを塗りたくなる などの変化を感じることがあります。 特に会話や食事の際には唇を頻繁に動かすため、乾燥していると違和感を覚えやすくなります。 だからこそ、唇の乾燥は「気になってから対処する」のではなく、乾燥しにくい環境をつくることが大切です。 「唇をなめると潤う」は一時的なもの 唇が乾燥すると、ついペロッとなめてしまうことがあります。 水分を補給したように感じるため、「唇をなめれば乾燥対策になる」と思っている人もいるかもしれません。 しかし、これは長期的な保湿方法とはいえません。...

テニスの日(9月23日)|「ラブ」「15・30・40」の由来から知るテニスの奥深さ

9月23日は「テニスの日」です。 テニスといえば、ラケットを振って黄色いボールを打ち合うスポーツ。テレビで世界大会を見る機会も多く、身近なスポーツの一つですが、実は「なぜ15・30・40と数えるの?」「どうして0点をラブと呼ぶの?」「黄色いボールにはどんな理由があるの?」など、知ってみると気になる不思議がたくさんあります。 テニスの日をきっかけに、普段何気なく見ているテニスの世界を少し深くのぞいてみましょう。 9月23日は「テニスの日」 「テニスの日」は、日本テニス協会、日本プロテニス協会、日本テニス事業協会などが中心となって制定した記念日です。 日付の9月23日は秋分の日にあたることが多く、スポーツを楽しむのに適した季節であることも、この記念日にぴったりです。 この日はテニスをもっと身近なスポーツとして楽しんでもらうため、全国各地でテニスに関するイベントや交流活動などが行われています。 競技として本格的にプレーする人だけでなく、初心者がラケットを握ってみたり、家族や友人とボールを打ち合ったりするのにもよい機会です。 テニスのルーツは意外と古い 現在のテニスは、ヨーロッパで発展したスポーツとして知られています。 その起源をたどると、中世のフランスで行われていた「ジュ・ド・ポーム」という球技にたどり着きます。 これは現在のテニスとは大きく異なり、当初はラケットではなく手でボールを打つ競技でした。 その後、ラケットが使われるようになり、イギリスなどで競技として発展していきます。 現在のようなローンテニスのルールやスタイルが整えられていくのは19世紀のことです。 つまり、現代のテニスは突然生まれたスポーツではなく、昔の球技が長い時間をかけて変化してできたものなのです。 なぜ「0」を「ラブ」と呼ぶの? テニスを見ていると、0点を「ゼロ」ではなく「ラブ」と呼ぶことに気づきます。 例えば「40-0」なら、「フォーティー・ラブ」と呼びます。 なぜ0がラブなのかについては、いくつかの説があります。 よく知られている説の一つが、フランス語の「卵」を意味する言葉に関係するというものです。 卵の形が「0」に似ていることから、0点を表す言葉として使われ、それが英語の「love」に変化したという説です。 ただし、語源については諸説あり、現在でも一つの説だけで完全に説明できるわけではありません...

アスペンの森(Quaking aspen)|コロラド州・ユタ州を黄金色に染める地下でつながる生命の不思議

アメリカ西部の山々を秋に訪れると、緑の針葉樹に囲まれた斜面が、まるで黄金色の絨毯を敷いたように変わっている光景に出会います。 その主役となっているのが、**アスペン(Quaking Aspen)**です。 特にコロラド州とユタ州では、広大なアスペンの森が山岳地帯に広がっています。 風が吹くと、丸みを帯びた葉が一斉に揺れ、森全体がきらきらと光っているように見えます。 ところが、この美しい森には意外な秘密があります。 目の前に何千本もの木が並んでいても、それらがすべて「別々の木」とは限らないのです。 地下に広がる根をたどっていくと、森全体がひとつの巨大な生命体につながっていることがあります。 今回は、コロラド州とユタ州のアスペンの森から見えてくる、知られざる自然の仕組みを紹介します。 アスペンはどんな木? アスペンの学名は Populus tremuloides 。 日本語では「ヤマナラシ」に近い仲間で、英語では「Quaking Aspen」「Trembling Aspen」などと呼ばれます。 「Quaking」には「震える」という意味があります。 その名前の由来は、葉が風に合わせて細かく揺れる姿です。 アスペンの葉柄は左右に平たくなっているため、わずかな風でも葉がひらひらと動きます。 そのため、静かな森でも葉が一斉に揺れ、独特の「さらさら」という音が生まれます。 コロラド州ではアスペンは非常に重要な森林を形成しており、州内の森林の約20%、約500万エーカーを占めるとされています。 また、標高約6,500~11,500フィート(約2,000~3,500m)の地域で見られ、特に西部の山地に広く分布しています。 なぜ山一面が黄金色になるの? アスペンの森を有名にしているのが、秋の鮮やかな黄葉です。 夏のアスペンの葉は緑色ですが、秋になると一気に黄色や黄金色へと変化します。 これは、葉の中にある クロロフィル の働きが弱まるためです。 春から夏にかけてはクロロフィルが強く働いているため、葉は緑色に見えます。 ところが秋になって日照時間が短くなり、気温が下がってくると、アスペンは冬に向けて葉のクロロフィルを分解していきます。 すると、それまで緑色に隠れていた黄色やオレンジ系の色素が目立つようになります。 つまり秋のアスペンは、 「黄色く色をつけている」というより、「緑色の覆い...

OneWebDay(9月22日)|Webがつないだ情報と人の世界を考える日

9月22日は「OneWebDay(ワンウェブデー)」です。 毎日のようにスマートフォンを使い、検索をしたり、ニュースを読んだり、動画を見たり、SNSで誰かとつながったりする私たちにとって、インターネットはあまりにも身近な存在になっています。 しかし、少し考えてみると、現在のように世界中の情報へ簡単にアクセスできる環境は、決して昔から当たり前だったわけではありません。 OneWebDayは、そんなWebやインターネットが私たちの生活にもたらしたものを振り返り、その価値や未来について考えるきっかけとなる日です。 OneWebDayとは? OneWebDayは、毎年9月22日に行われる、Webやインターネットを祝う記念日です。 発案したのは、インターネット政策などの分野で活動してきたスーザン・P・クロフォード氏です。 第1回のOneWebDayは2006年9月22日に開催されました。クロフォード氏は、この日を「Webのためのアースデイ」のようなものとして位置づけ、Webが人々の生活や社会に果たしている役割を考える機会にしようとしました。 つまり、単に「インターネットを使って楽しむ日」というだけではありません。 Webによって人と人がつながり、情報を共有し、新しい活動やコミュニティが生まれてきたことを振り返りながら、これからのインターネットを考える日なのです。 OneWebDayが始まった2006年はどんな時代? 2006年といえば、現在のインターネットとはかなり違った時代です。 スマートフォンはまだ一般的ではなく、SNSも現在ほど生活に浸透していません。 動画サイトやブログなどが広がり始め、「誰でも情報を発信できる」というWebの特徴が、少しずつ身近になっていた時期でした。 そんな時代に始まったOneWebDayには、「Webは単なるコンピューターや通信技術の集まりではなく、人々が交流する社会的な場所でもある」という考え方が込められていました。 これは現在のインターネットを考えるうえでも、非常に興味深い視点です。 最初のOneWebDayでは何が行われた? 第1回のOneWebDayでは、ニューヨークをはじめ世界各地でイベントが開催されました。 さらに当時注目されていた仮想世界「Second Life」でもイベントが行われるなど、現実世界とオンライン空間の両方を舞台にした...