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9月5日は石炭の日(クリーン・コール・デー)|石炭の役割と環境問題から考えるエネルギーの未来

黒く光沢のある大小さまざまな石炭が画面いっぱいに積み重なっている高精細なリアル画像

9月5日は「石炭の日(クリーン・コール・デー)」です。

石炭と聞くと、蒸気機関車から立ち上る煙、炭鉱で働く人々、あるいは昔の工場を思い浮かべるかもしれません。

けれども、石炭は過去の産業を象徴するだけの資源ではありません。

現在も世界各地で発電や製鉄などに利用され、私たちの暮らしを支える産業と深く結びついています。その一方で、二酸化炭素の排出という大きな環境課題も抱えています。

そんな石炭について考えるきっかけになるのが、9月5日の「石炭の日(クリーン・コール・デー)」です。

この記念日には、単に石炭の利用を促すというだけではなく、石炭をより効率的に利用し、環境への負荷をどのように低減していくのかを考えるという意味が込められています。

「石炭は古いエネルギー」というイメージだけでは見えてこない、エネルギーと技術、産業、そして未来とのつながり。

9月5日は、そんな視点から石炭を見つめ直してみる日にしてみませんか。


9月5日はなぜ「石炭の日」なの?

「石炭の日(クリーン・コール・デー)」は、通商産業省(現・経済産業省)の呼びかけにより、日本鉄鋼連盟、電気事業連合会、日本石炭協会など8団体が1992年(平成4年)に制定したとされています。

また、石炭に関する技術開発や事業化への支援、人材育成などに取り組んできた一般財団法人・石炭エネルギーセンター(現・石炭フロンティア機構)も、この記念日と深い関わりを持っています。

では、なぜ日付が9月5日なのでしょうか。

その答えは、語呂合わせにあります。

「ク(9)リーン・コ(5)ール」

つまり「クリーンな石炭」を表しています。

「クリーン・コール」という言葉には、石炭利用に伴う環境への影響をできるだけ抑えようとする技術や取り組みへの期待が込められています。

石炭そのものが環境負荷を持たないという意味ではありません。

むしろ、石炭には環境面での課題があるからこそ、技術によってその課題をどこまで小さくできるのかという発想が重要になります。

この点を知ると、「石炭の日」という名前から受ける印象も少し変わってくるのではないでしょうか。


石炭はどうやって生まれたの?

石炭は、太古の植物などの有機物が地中に埋まり、長い年月をかけて熱や圧力を受けることで形成された化石燃料です。

もともとは植物だったものが、地質学的な時間の中で少しずつ変化し、現在の石炭になりました。

石炭には褐炭、瀝青炭、無煙炭など、生成の程度によってさまざまな種類があります。

つまり、目の前にある黒い石炭は、単なる「燃える石」ではありません。

その中には、地球上の生命と地質活動が長い時間をかけて生み出した、壮大な時間の物語があります。

私たちが数時間、数日、数年という単位で考えている一方で、石炭が生まれるまでには途方もない年月が必要です。

この時間のスケールを知るだけでも、化石燃料が「有限な資源」であることを実感しやすくなります。


石炭はなぜ産業を支えてきたのか?

石炭が大きな価値を持つようになった背景には、そのエネルギーとしての利用しやすさがあります。

産業革命の時代には、石炭が蒸気機関を動かす重要なエネルギー源となりました。

蒸気機関によって工場の機械を動かし、鉄道や船舶を動かすことが可能になったことで、人や物の移動、工業生産の規模は大きく変化していきました。

石炭は、単なる一つの燃料ではありません。

「大量のエネルギーを利用できる社会」をつくるための重要な資源だったのです。

日本でも近代化が進む中で石炭は重要なエネルギー源となり、各地に炭鉱が開かれました。

北海道や九州などには石炭産業によって発展した地域が生まれ、炭鉱を中心に住宅、商店、学校、鉄道などが整備されていきました。

つまり、石炭の存在はエネルギーだけでなく、地域社会そのものの姿にも影響を与えたのです。


石炭は今も「電気」だけではなく「鉄」を支えている

石炭について考えるとき、火力発電を思い浮かべる人は多いでしょう。

しかし、石炭の重要な用途は発電だけではありません。

その代表が製鉄です。

鉄鋼業では、石炭からつくられるコークスが重要な役割を果たしています。

コークスは、石炭を乾留してつくられる炭素分の多い固体で、高炉による製鉄に利用されています。

鉄は、自動車、鉄道、建築物、橋、機械、家電など、現代社会のあらゆるところに使われています。

そのため、石炭を考えることは、実は「鉄をどうつくるのか」という問題ともつながっています。

スマートフォンや自動車、ビルや橋を眺めたとき、その背景にはさまざまな資源とエネルギーの流れがあります。

石炭は、その見えにくい部分の一つを担ってきた資源なのです。


「クリーン・コール」とは何を意味する?

ここで、9月5日の名称にもなっている「クリーン・コール」について考えてみましょう。

石炭を燃焼すると二酸化炭素が排出されるため、「クリーン」という言葉に疑問を感じる人もいるかもしれません。

実際、石炭は温室効果ガスの排出という大きな課題を抱えています。

そのため「クリーン・コール」は、石炭そのものを環境負荷のないエネルギーに変えるという意味ではありません。

石炭を利用する際の環境負荷をできるだけ低減するための技術や取り組みを指す考え方です。

例えば、発電効率を高めることで、同じ電力量を生み出すために必要な燃料を減らす方法があります。

また、排煙に含まれる硫黄酸化物や窒素酸化物などを低減する環境対策技術も発展してきました。

さらに現在では、二酸化炭素を分離・回収し、貯留・利用するCCS・CCUSなどの技術も研究・開発されています。

ここで大切なのは、

「石炭=クリーン」ではなく、「石炭利用に伴う環境負荷をどう減らすか」

という視点です。

この違いを理解すると、「クリーン・コール・デー」という名称が持つ意味がより明確になります。


石炭の課題は「二酸化炭素」だけではない

石炭をめぐる環境問題というと、二酸化炭素だけが注目されがちです。

しかし、石炭利用を考える際には、大気汚染物質や採掘による環境への影響など、さまざまな問題を考える必要があります。

だからこそ、石炭の利用技術は「燃やせば終わり」ではありません。

どのように採掘するのか。

どのように運ぶのか。

どのような設備で利用するのか。

どれだけ効率よくエネルギーに変換できるのか。

排出される物質をどう処理するのか。

二酸化炭素をどう扱うのか。

こうした一つひとつの段階を改善することが、環境負荷の低減につながります。

石炭をめぐる技術開発は、燃料そのものだけではなく、エネルギーシステム全体をより効率的にする挑戦でもあるのです。


なぜ「安定供給」も重要なのか?

エネルギー問題を考えるとき、環境への影響と同時に考えなければならないのが「安定供給」です。

私たちは毎日、電気を使っています。

冷蔵庫を動かし、スマートフォンを充電し、鉄道に乗り、工場で製品がつくられています。

もし必要なときにエネルギーを確保できなければ、生活だけでなく経済や産業にも大きな影響が生じます。

そのためエネルギー政策では、

環境性だけでなく、安定供給、経済性、安全性などを総合的に考えること

が重要になります。

石炭にも、こうしたエネルギー安全保障の観点があります。

一方で、日本は石炭資源の多くを海外からの輸入に頼っています。

そのため「石炭を使えば安心」という単純な話でもありません。

どこから資源を調達するのか、国際情勢によって供給がどう変化するのか、価格はどうなるのか。

エネルギーを考えるということは、こうした世界とのつながりまで考えることなのです。


石炭から見えてくる「技術で課題に向き合う」という考え方

石炭をめぐる議論で興味深いのは、資源の長所だけを見るのでも、課題だけを見るのでもなく、技術によって課題をどこまで克服できるかという視点です。

高効率発電。

排出物の低減。

石炭ガス化。

二酸化炭素の分離・回収。

CCS・CCUS。

こうした技術は、それぞれ異なる課題に対応するために研究されてきました。

もちろん、技術だけですべての問題が解決するわけではありません。

それでも、エネルギーをめぐる課題に対して、

「今あるものをどう改善できるか」

という発想は、石炭に限らず、さまざまな分野で重要な考え方です。

「クリーン・コール」という言葉は、そんな技術開発の姿勢を考える入口にもなります。


日本に残る「石炭の記憶」

石炭を語るとき、忘れてはいけないのが、炭鉱で働いた人々と地域の存在です。

北海道の夕張や三笠、釧路、福岡県の筑豊や大牟田など、日本には石炭産業と深い関わりを持つ地域が数多くあります。

炭鉱が盛んだった時代には、鉱山の周囲に人々が集まり、町が形成されました。

そこには働く人々の生活があり、家族の暮らしがあり、学校や商店があり、地域独自の文化も育まれました。

現在では閉山した炭鉱も多くありますが、石炭産業の記憶を伝える資料館や博物館などが各地に残されています。

石炭を知ることは、エネルギー資源を知るだけではありません。

日本の産業を支えてきた人々の暮らしや、地域の姿を知ることにもつながっています。


私たちの暮らしと石炭はどこでつながっている?

「自分は石炭を使っていない」と思っていても、実際には現代社会のさまざまなところで石炭と間接的につながっています。

電気。

鉄。

機械。

建築物。

輸送インフラ。

工業製品。

こうしたものを生み出すためには、多種多様な資源とエネルギーが必要です。

私たちが普段目にするのは完成した製品ですが、その裏側には、資源の採掘から加工、輸送、製造、発電など、長いサプライチェーンがあります。

石炭の日は、その「見えない部分」に目を向けるきっかけにもなります。

スマートフォンを手に取ったとき。

電車に乗ったとき。

ビルの中で仕事をするとき。

何気なく使っているものが、どのような資源とエネルギーによって生まれているのかを考えてみる。

それだけでも、普段とは少し違った景色が見えてくるでしょう。


石炭の日に考えたい「エネルギーの選択」

これからの社会では、再生可能エネルギーをはじめ、さまざまなエネルギー源や技術をどのように組み合わせていくのかが重要になります。

太陽光、風力、水力などの再生可能エネルギー。

原子力。

天然ガス。

石油。

石炭。

そして、これらを効率的に利用したり、環境負荷を抑えたりするための新しい技術。

それぞれにメリットがあり、それぞれに課題があります。

だからこそ、エネルギー問題は「何か一つを選べば終わり」というものではありません。

社会に必要な電力を安定して供給しながら、環境への影響を抑え、経済活動を維持し、将来世代にどのような社会を残していくのか。

そのバランスを考える必要があります。


読者へのメッセージ

9月5日は「石炭の日(クリーン・コール・デー)」。

その名前の由来は、

「ク(9)リーン・コ(5)ール」

という語呂合わせです。

けれど、この一見ユニークな語呂合わせの奥には、エネルギーをめぐる大きなテーマがあります。

石炭は、長い年月をかけて地球の中で生まれ、かつては産業の発展を大きく支え、現在も発電や製鉄などで利用されている重要な資源です。

一方で、二酸化炭素排出などの環境課題も抱えています。

だからこそ大切なのは、石炭を単純に「良い」「悪い」と決めつけることではありません。

なぜ必要とされてきたのか。
どんな課題があるのか。
技術によって何が改善できるのか。
そして、これから私たちはどんなエネルギー社会をつくっていくのか。

そこまで考えてみることに、この記念日の面白さがあります。

石炭は、単なる「黒い石」ではありません。

その一つひとつには、地球が刻んできた長い時間があり、人々が産業を発展させてきた歴史があり、そして現在では環境とエネルギーの未来を考えるための課題があります。

だからこそ、9月5日は**「黒い石」から未来を考える日**と捉えてみるのも面白いでしょう。

今日、部屋の照明をつけたとき。

スマートフォンを充電したとき。

電車に乗ったとき。

何気なく使っている電気や製品を見ながら、

「これは、どんなエネルギーによって支えられているのだろう?」

と一度だけ考えてみてください。

エネルギーは、普段は目に見えません。

だからこそ、その背景を知ることで、当たり前だと思っていた暮らしが少し違って見えてきます。

9月5日の「石炭の日」は、石炭そのものを知るだけの日ではありません。

過去から受け取ったエネルギーを知り、現在の課題を見つめ、未来の選択を考える。

そんなきっかけを与えてくれる一日です。

今年の9月5日は、身近な電気や製品の向こう側にあるエネルギーへ目を向けながら、これからの暮らしと社会について考えてみてはいかがでしょうか。


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