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9月5日「国民栄誉賞の日」—日本が誇る栄誉を知る

毎年9月5日の国民栄誉賞の日は、1977年に王貞治選手が通算ホームラン756本の世界記録を達成し、日本初の国民栄誉賞を受賞したことに由来する。野球場に置かれたボールのAI画像。

毎年9月5日は「国民栄誉賞の日」として知られています。この日は、1977年(昭和52年)のこの日、2日前の9月3日に通算ホームラン数756本で世界最高記録を達成した王貞治(おう さだはる)選手(当時37歳)が、日本初の国民栄誉賞を受賞したことに由来します。王選手は野球界における前人未到の偉業だけでなく、多くの国民に夢と希望を与えたことが評価されました。


国民栄誉賞とは?

国民栄誉賞は、日本の内閣総理大臣表彰の一つで、前人未到の偉業を成し遂げ、多くの国民から敬愛され、夢と希望を与えた人物や団体に贈られる非常に名誉ある賞です。賞の運用は1977年(昭和52年)8月に定められた「国民栄誉賞表彰規程」に従って行われ、当時の首相・福田赳夫(ふくだ たけお)により創設されました。

  • 創設目的:国民に希望と誇りを与え、社会全体の活力を高める

  • 授賞対象:個人または団体、スポーツ・文化・芸術・学術など多岐にわたる

  • 授賞内容:賞状と盾が授与され、金銭的報酬はなし


初受賞者・王貞治の偉業

王貞治選手は、通算ホームラン756本の世界記録を達成しただけでなく、その姿勢や努力が国民に夢を与えました。この功績により、1977年9月5日に日本初の国民栄誉賞が授与されました。


歴代の主な国民栄誉賞受賞者

国民栄誉賞は、スポーツや文化、芸術、音楽など幅広い分野で功績を残した人物や団体に贈られています。代表的な受賞者を一部ご紹介します。

  • 王貞治(野球、1977年):通算ホームラン世界記録達成

  • 長嶋茂雄(野球、1982年):日本プロ野球を代表する名選手

  • 中田英寿(サッカー、2002年):サッカー日本代表の功績

  • 浅田真央(フィギュアスケート、2014年):世界的な活躍と努力

  • 美空ひばり(歌手、1989年):昭和を代表する歌姫

  • 坂本九(歌手、1997年):国際的に日本を代表する歌手

  • 東京オリンピック日本代表選手団(団体、1964年の功績に対し後年授与):団体としての初の国民栄誉賞

※このほか、文化・芸術・学術の分野でも受賞者は多く、受賞者リストは公式サイトで確認できます。


国民栄誉賞の裏話と特徴

  • 辞退も可能:受賞は強制ではなく、本人の意思を尊重します

  • 団体受賞もあり:東京オリンピック日本代表選手団が史上初の団体受賞

  • 精神的価値の高さ:金銭的報酬はなく、社会的評価と名誉がその価値


国民栄誉賞の日に学ぶこと

9月5日は、過去の偉業を称えるだけでなく、努力や挑戦の意義を考える日です。小さな成功や他者への貢献を称えることが、社会全体の活力につながります。私たちの日常でも、目標に向かう挑戦や努力は、いつか誰かの夢や希望になるかもしれません。


読者へのメッセージ

9月5日「国民栄誉賞の日」は、歴史的な偉業を振り返る日であると同時に、私たち自身の挑戦や努力を見つめ直すきっかけです。日々の小さな努力も、未来の大きな成果につながります。あなたの挑戦は、誰かにとっての“国民栄誉賞”のように輝く瞬間が必ず訪れます。


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