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妹の日(9月6日)|乙女座に由来する記念日の理由と「日本妹大賞」の知られざる魅力

夏服を着た焦げ茶色のミディアムヘアの可愛い女性が、明るい日差しの差し込むリビングのソファでくつろいでいるデジタルイラスト。光を受けた髪が透けるように輝き、爽やかで柔らかな夏の雰囲気が描かれている。

9月6日は「妹の日」です。

家族の中ではごく身近な存在である「妹」。けれど、妹を主役にした記念日があることを知っている人は、意外と少ないかもしれません。

「妹の日」は、兄弟姉妹の生まれ順や関係性に注目した研究から生まれた、ユニークな記念日です。

「妹の日」が9月6日になった理由にも、語呂合わせとは違った興味深い背景があります。

今回は、9月6日が「妹の日」になった理由や制定者、「日本妹大賞」などを通して、「妹」という存在について考えてみましょう。


「妹の日」は1991年に制定

「妹の日」は、「兄弟型・姉妹型」研究の第一人者で漫画家でもあった畑田国男(はただ くにお、1944~1996年)氏が、1991年(平成3年)に制定しました。

畑田氏は、兄弟姉妹の生まれ順に着目し、それぞれの立場や関係性について研究した人物です。

長男、次男、姉、妹、末っ子など、同じ家族でも生まれた順番によって家庭内での立場や経験は異なります。

「妹の日」は、そうした兄弟姉妹の中でも「妹」に焦点を当てた記念日です。

また、この記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録されています。

身近な「妹」を一つのテーマとして取り上げているところが、この記念日の大きな特徴です。


なぜ9月6日が「妹の日」なの?

記念日の中には、数字の語呂合わせから日付が決められているものが多くあります。

しかし、「妹の日」の9月6日は、語呂合わせが理由ではありません。

その背景にあるのが乙女座です。

乙女座は一般的に8月23日から9月23日までの期間。

「妹の日」は、妹の可憐さを象徴する乙女座の期間の中間の日の前日である9月6日が、占星学の上で最もふさわしい日と考えられたことから制定されました。

つまり、9月6日という日付には、

「妹の可憐さ」+「乙女座」+「占星学」

という独特の考え方が込められています。

数字の語呂合わせとは違った発想から生まれているところが、「妹の日」の面白いポイントです。


「妹の日」と「日本妹大賞」

「妹の日」にまつわる取り組みの中でも、特にユニークなのが**「日本妹大賞」**です。

毎年、その年に活躍した「妹」だけを対象として賞が授与されるという、特徴的な取り組みでした。

一般的な人物賞では、その人の功績や活動内容などが評価されます。

一方、「日本妹大賞」では「妹」という立場そのものに注目します。

スポーツや芸能、文化など、さまざまな分野で活躍する人物を「妹」という視点から見ることで、普段とは違った人物像に気づけるのが特徴です。

「妹」という家族内での立場に光を当てるという発想が、「妹の日」らしいユニークさを表しています。


「妹」という言葉から考える兄弟姉妹

日本語では、自分より年上の女性を「姉」、年下の女性を「妹」と呼び分けます。

英語では姉も妹も基本的に「sister」と表現されますが、日本語では年齢によって別の言葉を使います。

「兄」「弟」「姉」「妹」という言葉には、単に血縁関係を示すだけでなく、それぞれの家族内での位置関係も含まれています。

そのため「妹」という言葉からは、「年下」「姉や兄がいる」「家族の中で後から生まれた」といったイメージも浮かびます。

こうした言葉の違いからも、日本語が兄弟姉妹の年齢関係を細かく表現していることが分かります。


妹は「守られる側」とは限らない

「妹」というと、姉や兄から可愛がられたり、面倒を見てもらったりする姿を想像することがあります。

しかし、実際の家族関係はさまざまです。

妹のほうがしっかりしていて、姉や兄を支えることもあります。

年齢を重ねれば、それぞれが一人の大人として別々の人生を歩むようになります。

子どものころは「お姉ちゃんについていく妹」だったのが、成長すると仕事や生活について相談し合う関係になることもあります。

「妹」という立場は変わらなくても、兄弟姉妹の関係は時間とともに変化していくのです。


生まれ順だけでは決まらない「妹らしさ」

畑田国男氏が研究した「兄弟型・姉妹型」は、生まれ順から人間関係を考えるという興味深い視点を持っています。

ただし、現実の人間を「妹だからこういう性格」と一括りにすることはできません。

同じ妹でも、性格や考え方、育った環境はそれぞれ異なります。

姉や兄との関係も家庭によって違います。

だからこそ、「妹の日」は性格を決めつけるための日ではなく、兄弟姉妹という関係そのものに目を向けるきっかけとして楽しむのがよいでしょう。


読者へのメッセージ

9月6日の「妹の日」は、身近にいる妹や兄弟姉妹との関係を、少しだけ振り返ってみる日にしてみませんか。

子どものころに一緒に遊んだこと、ケンカしたこと、家族で出かけたことなど、何気ない出来事も、時間が経つと大切な思い出になっていることがあります。

普段は意識していなくても、兄弟姉妹は長い時間を共有してきた特別な存在です。

妹が遠くに住んでいるなら、「元気?」と久しぶりに連絡してみるのもいいでしょう。

昔の写真を眺めながら、子どものころの思い出を振り返るのも素敵です。

そして、妹がいない人も、この機会に姉や兄、弟など、自分にとって大切な家族との関係を考えてみてください。

家族だからこそ、普段は照れくさくて伝えられない言葉もあります。

だからこそ、「ありがとう」や「元気にしてる?」という何気ない一言が、思いがけず相手の心に残ることもあります。

9月6日は、「妹」という存在に注目しながら、家族とのつながりを改めて感じてみる日。

当たり前のようにそばにいる家族との時間を大切にし、今まで一緒に過ごしてきた思い出を振り返ってみましょう。

妹という存在をきっかけに、家族の大切さを再発見する。

そんな一日にしてみてはいかがでしょうか。


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