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まぐろの日(10月10日)|『万葉集』に残る1300年前のマグロ漁

海を勢いよく泳ぐ鮪(マグロ)を切り絵風に描いたイラスト

10月10日は「まぐろの日」です。

寿司や刺身、丼など、日本の食卓でおなじみのマグロ。その歴史をたどってみると、約1300年前の奈良時代にまでさかのぼります。

現在では身近な魚として親しまれていますが、古代の人々にとってもマグロは重要な海の恵みだったようです。


まぐろの日は1986年に制定

「まぐろの日」は、鰹(かつお)や鮪(まぐろ)の漁業関係者で構成される日本鰹鮪漁業協同組合連合会が、1986年(昭和61年)に制定しました。

その目的は、マグロをもっと多くの人に食べてもらうことです。

10月10日を中心に、マグロをPRするイベントなども実施されています。

身近な食材であるマグロについて知り、味わう機会を広げるための記念日なのです。


日付の由来は『万葉集』

10月10日という日付には、奈良時代の出来事が関係しています。

726年10月10日、歌人の山部赤人が聖武天皇のお供をして明石地方を訪れました。

その際、マグロで栄えるこの地方の様子をたたえて詠んだ歌が、『万葉集』巻6・938番に収められています。

歌には、

「鮪釣ると海人船散動ぎ……」

という一節があります。

「鮪(しび)」はマグロを意味する言葉です。

この一節からは、マグロを釣るために海人たちの船が海上を行き交う、当時の活気ある漁の様子が伝わってきます。


1300年前からマグロ漁が行われていた

現在の明石周辺では、約1300年前からマグロ漁が行われていたことが、山部赤人の歌からうかがえます。

もちろん当時には、冷凍技術も現代のような流通網もありません。

それでも、海でマグロを獲り、それを地域の暮らしに取り入れていた人々がいました。

『万葉集』に残された一首は、古代の人々と海との関わりを知る手がかりにもなっています。


マグロにはいくつもの種類がある

一口にマグロといっても、種類は一つではありません。

代表的なのが、クロマグロ、メバチ、キハダ、ビンナガなどです。

一般に「本マグロ」と呼ばれているのはクロマグロです。

種類によって大きさや生息域、身の色や脂の乗り方などにも違いがあります。

寿司や刺身でマグロを食べるときに、どの種類なのかを意識してみると、味わい方も少し変わるかもしれません。


マグロは海を泳ぎ続ける回遊魚

マグロの仲間は、広い海を移動する回遊魚として知られています。

種類によって特徴は異なりますが、活発に泳ぎ続けるものが多く、海の中では力強く泳ぐ魚です。

切り身になったマグロしか見たことがないと、その姿を想像するのは難しいかもしれません。

魚売り場に並ぶ一切れのマグロも、もともとは広い海を泳いでいた魚なのです。


古代から現代へ続くマグロとの関わり

「まぐろの日」の興味深いところは、現代の食文化だけでなく、古代の歴史ともつながっていることです。

726年に山部赤人が詠んだ「鮪釣ると海人船散動ぎ……」という歌からは、当時の明石地方でマグロ漁が盛んに行われていたことが伝わります。

それから約1300年。

現在の日本でも、マグロは寿司や刺身などで親しまれ続けています。

漁の方法も食べ方も大きく変わりましたが、海からマグロを得て食文化につなげてきたという点では、古代と現代に共通するものがあります。


読者へのメッセージ

マグロは、寿司や刺身、丼などで気軽に楽しめる身近な魚です。

けれど、いつもの一切れを少し意識してみると、そこには長い海の旅と、日本人が海の恵みを食文化として受け継いできた時間があります。

10月10日の「まぐろの日」には、好きなマグロ料理を味わいながら、「この魚が1300年前にも人々の暮らしとつながっていたんだ」と想像してみてはいかがでしょうか。

普段は何気なく食べているものにも、知れば知るほど奥行きがあります。

この日を、マグロのおいしさだけでなく、その背景にある歴史や海の恵みにも目を向けるきっかけにしてみてください。


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