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ハチは「数学」ができる!?──自然界に隠された知性の驚異と脳科学の最前線──

水彩とパステルカラーで描かれたかわいいちびキャラの蜂が、ハニカム構造の背景の中で2+3と5−1の計算式を教えているイラスト

花から花へと飛び交い、甘い蜜を集める——そんな可愛らしいイメージで語られることの多いハチ。しかし、現代の科学が照らし出したのは、その小さな体の中に宿る高度な知的能力でした。

「ハチが数学を理解する?」そんな突飛に思える仮説が、実験的に支持されつつあります。これは昆虫認知科学、生物数学、神経科学の分野を横断する最先端の研究成果であり、人間の知能とは何かを再定義する可能性すら秘めています。


【1】ミツバチは“ゼロ”を理解する——高度な抽象概念への挑戦

ゼロ(0)の概念は、人類の歴史において最も重要な数学的発明のひとつとされています。それをわずか1立方ミリメートル程度の脳を持つミツバチが理解している可能性があることが、2018年にオーストラリアのRMIT大学の研究によって明らかになりました。

この研究では、複数の図形が描かれたカードをミツバチに見せ、「少ない方のカードを選ぶと報酬がもらえる」というルールを教えました。その後、何も描かれていない「ゼロ枚のカード」を見せると、多くのミツバチがゼロを“最も少ない”と判断し正答したのです。

これは「抽象化」「序列の理解」「比較評価」という高次な認知機能を意味し、哺乳類や鳥類を除く生物では前例の少ない発見でした。


【2】加算と減算も可能?──色を使って計算するハチ

さらに一歩進んだ研究が、2019年に『Science Advances』誌に掲載されました。
この研究では、ミツバチに**青色を見ると「+1」、黄色を見ると「−1」**というルールを学習させ、基本的な四則演算に似た選択をさせる試みが行われました。

ハチたちは数字の「初期値」を確認した後、提示された色に応じて頭の中で数を増減し、選択肢の中から正しい答えを選び取ったのです。その正答率は**約75%**と、人間の幼児や一部の霊長類と同水準の成果を挙げました。

重要なのは、これらの実験が**報酬ベースの学習(オペラント条件づけ)**の枠を超えて、ルールの抽象的理解と応用力を示している点にあります。


【3】六角形の巣に隠された“幾何学的最適解”

ミツバチの巣は、正六角形のハニカム構造として知られています。この構造には以下のような数学的優位性があります。

  • 面積を最大化しながら最小限の素材(ミツロウ)で構築可能

  • すき間なく隙間なく空間を埋めるため、空間効率が非常に高い

  • 接続点での力の分散がスムーズで、構造的に非常に頑丈

この「六角形が最も効率的な形状である」という事実は、17世紀に数学者パップスが証明しました。しかしミツバチたちはそれよりも遥か昔から、この最適解を本能として選び取っていたのです。
これはもはや偶然ではなく、自然が最適化された解法を知っていた証拠とも言えるでしょう。


【4】小さな脳が示す“構造と効率”の知能モデル

ハチの脳の大きさはたった1立方ミリ、神経細胞はわずか100万個ほど。しかし、その構造は極めて効率的に設計されており、人間が「知性とは何か」を考える際のモデルケースにもなり得ます。

つまり、知能の本質は脳の“大きさ”ではなく“構造と情報処理の効率”にある——これは、人工知能の開発やニューラルネットワークの構築においても重要な視座を提供する発見です。


なぜ読むべきか?

この雑学は、単なる「ハチの豆知識」では終わりません。生物の認知能力や数理的思考の起源、さらには人間の知能の相対性にまで話は及びます。
つまり、ハチの認知科学を知ることは、私たち自身の知性を理解することに直結するのです。また、教育、AI研究、環境倫理など多岐にわたる分野に示唆を与える知見でもあります。


読者へのメッセージ

私たちはつい、「小さい=頭が悪い」と思い込んでしまいがちです。しかしミツバチの例が示すように、自然界には人間の尺度では測れない“知性”が確かに存在しています。
目の前を飛び交う一匹のハチ。その背中には、抽象的な数を理解し、空間を最適化する“ミクロの数学者”としての才能が宿っているかもしれません。

自然に対する敬意と驚き——それこそが、人類にとって最も大切な知の入り口です。
それでは、また次回の雑学でお会いしましょう!

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