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テレビCMの日(8月28日)|日本初のCMはなぜ時計だった?1953年から変わり続けるテレビCMの世界

幻想的な石造りの部屋に置かれた装飾的なテレビに、山々と古城を背景にした青いドラゴンが映っている。周囲には魔法のクリスタルやランプが飾られ、異世界の雰囲気が漂うリアルな風景。

テレビを見ていると、番組の合間に流れてくるテレビCM。

商品の魅力を伝える短い映像、耳に残るキャッチコピー、思わず口ずさんでしまうCMソング、印象的なキャラクターなど、私たちは日々さまざまなCMに触れています。

普段は何気なく見ているテレビCMですが、日本で初めて放送されたCMには、意外な歴史があります。

8月28日は「テレビCMの日」。

1953年(昭和28年)8月28日、日本テレビが本放送を開始した日に、日本初のテレビCMが放送されました。

そのCMで紹介されたのは、現在のセイコーにつながる精工舎の時計でした。

なぜ、日本初のテレビCMは時計だったのでしょうか。

そして、70年以上にわたってテレビCMはどのように変化してきたのでしょうか。

今回は、8月28日の「テレビCMの日」をきっかけに、日本初のテレビCMから現代の広告まで、その歴史と身近な雑学を紹介します。


8月28日は「テレビCMの日」

「テレビCMの日」は、テレビCMの歴史を振り返る記念日です。

1953年8月28日、日本テレビが民間放送として本放送を開始しました。

同じ日に放送されたのが、日本初のテレビCMです。

日本では同年2月1日にNHKがテレビ本放送を開始していましたが、8月28日の日本テレビ開局によって民間テレビ放送が始まりました。

現在では、番組と番組の間にCMが流れることは当たり前になっています。

しかし1953年当時、テレビそのものがまだ新しいメディアでした。

その新しい放送メディアで、企業が商品を映像と音声で紹介するという広告の形がスタートしたのです。


日本初のテレビCMは「精工舎の時計」

日本初のテレビCMとして知られているのが、精工舎の時計のCMです。

精工舎は、現在のセイコーにつながる時計メーカーです。

セイコーの公式資料でも、1953年の出来事として「日本初のテレビコマーシャルを放映」と記録されています。

このCMは、現在のテレビCMのように商品の魅力を次々と紹介するものではありませんでした。

時計を紹介しながら、**正確な時刻を知らせる「時報」**としての役割も持っていました。

つまり、

時計を宣伝することと、正確な時間を知らせることを一つにしたCM

だったのです。

これは、テレビという新しいメディアの特性を生かした広告といえるでしょう。


なぜ最初のCMは「時計」だったの?

現在なら、時刻を知るためにスマートフォンを見る人も多いでしょう。

しかし1950年代には、今のようにスマートフォンやデジタル時計はありません。

テレビから正確な時刻が知らされることには、現在より大きな意味がありました。

そこで、

「正確な時刻を知らせるテレビ」

と

「正確な時間を刻む時計」

を組み合わせることは、とても相性のよい広告方法だったと考えられます。

しかもテレビは、映像と音声を同時に届けられるメディアです。

時計を映しながら商品名を伝え、時刻を知らせる。

わずかな時間の中で商品とその価値を伝えるという、現在のCMにも通じる考え方がすでに取り入れられていました。


日本初のCMには思わぬハプニングも

記念すべき日本初のテレビCMですが、最初からすべてが順調だったわけではありません。

当時のCMは、現在のようなデジタルデータではなく、フィルムを使って放送されていました。

そのため、フィルムの扱いに不慣れなこともあり、最初のCMでは再生時にトラブルが起きたとされています。

歴史的な第一歩が、完璧なスタートではなかったというのは興味深いところです。

新しい技術を使った放送の現場では、機械を操作する人々の経験や試行錯誤も必要でした。

日本のテレビCMの歴史は、華々しい成功だけではなく、こうした人間味のある出来事から始まったのです。


精工舎のCMには「キャラクター」も登場した

初期の精工舎のテレビCMには、単に時計を映すだけではなく、ニワトリのキャラクターを使ったアニメーションも登場しました。

セイコーの公式資料では、目覚まし時計「コメットフラワー」の操作方法を紹介し、最後に和光の時計塔を映して時報を知らせるCMが紹介されています。

ここには、現代のCMにも通じる工夫があります。

商品をそのまま説明するのではなく、

  • キャラクターを使う

  • 動きを加える

  • 商品の使い方を見せる

  • 音と映像を組み合わせる

ことで、視聴者の記憶に残りやすくしています。

つまり、日本初期のテレビCMからすでに、**「どうすれば短い時間で商品を覚えてもらえるか」**という広告表現の工夫が始まっていたのです。


テレビCMは「時代を映す鏡」

テレビCMの面白さは、商品だけを紹介しているわけではないことです。

CMには、その時代の社会や人々の暮らしが映し出されます。

たとえば、家電製品が普及していった時代には、家事を便利にする電化製品が注目されました。

自動車が一般家庭に広がれば、自動車のCMも増えていきます。

生活が豊かになるにつれて、食品、飲料、旅行、レジャー、ファッションなど、広告のジャンルも広がりました。

CMの背景に映る住宅や家具、服装、家電、自動車などを観察するだけでも、当時の生活文化が見えてきます。

だから昔のCMを見ると、

「この時代の人々は、どんな生活を理想としていたのだろう?」

ということまで考えられるのです。

テレビCMは商品を宣伝する映像であると同時に、社会の変化を記録した小さなタイムカプセルでもあります。


15秒や30秒に詰め込まれた「記憶に残す工夫」

テレビCMの特徴は、限られた時間で情報を伝えなければならないことです。

15秒や30秒ほどの短い時間の中で、商品名や特徴を覚えてもらう必要があります。

そこで活躍するのが、

キャッチコピー、音楽、キャラクター、映像、ストーリー

などです。

特にCMソングは、一度聞くと自然に口ずさめるようなメロディーによって、商品と音楽を結びつける効果があります。

「商品名は忘れたけれど、CMの曲は覚えている」

という経験がある人も多いのではないでしょうか。

この「記憶に残る」という特徴こそ、テレビCMの大きな魅力です。


地域の人だけが知っている「ローカルCM」

テレビCMには、全国的に放送されるものだけではありません。

地域限定で放送されるローカルCMも、テレビ文化の大切な一部です。

地元企業や店舗、地域の商品などを紹介するCMには、その土地ならではの言葉や風景、ユーモアが登場することがあります。

全国的には知られていなくても、その地域の人にとっては誰もが知っている。

そんなCMは、地域の人々にとって一種の「共通の記憶」になります。

旅行先でテレビを見ると、普段とは違うCMが流れていることがあります。

それは、テレビが全国共通の情報だけでなく、地域ごとの文化も伝えているからです。


テレビCMはインターネット時代にどう変わった?

1953年から70年以上。

テレビCMを取り巻く環境は大きく変化しました。

フィルムからビデオへ、そしてデジタルへ。

白黒テレビからカラーテレビへ。

さらに現在では、テレビだけでなく動画配信サービス、SNS、ウェブサイト、スマートフォンなど、広告を見る場所そのものが増えています。

その一方で、テレビCMには現在でも独特の役割があります。

テレビは、多くの人が同じ番組を見ながら、同じCMを同じ時間に目にすることができます。

そのため、CMそのものが社会的な話題になることもあります。

現在の広告はテレビだけで完結するものではなく、テレビCMをきっかけにSNSやウェブサイトへ誘導するなど、複数のメディアを組み合わせる形へと進化しています。

それでも、

「短い時間で多くの人にメッセージを届ける」

というテレビCMの基本的な力は、今も変わっていません。


テレビCMは「社会へのメッセージ」にもなる

テレビCMというと商品の宣伝を思い浮かべますが、すべてが販売目的というわけではありません。

社会問題や公共的なテーマを伝えるキャンペーンなど、企業や団体が社会に向けてメッセージを発信する場としてもテレビCMは利用されています。

日本民間放送連盟賞でも、テレビCM部門において社会的なテーマを扱った作品が評価されています。

つまり、テレビCMは、

商品を知らせる広告

であると同時に、

社会にメッセージを届ける短い映像作品

という側面も持っているのです。


70年以上変わらない「記憶に残す」という役割

1953年に日本初のテレビCMが放送されてから、テレビCMは大きく姿を変えてきました。

しかし、その根底にあるものは意外と変わっていません。

それは、

「短い時間で、商品やメッセージを人の記憶に残す」

という役割です。

時計と時報を組み合わせた1953年のCMも、現在の15秒CMも、方法こそ違いますが、限られた時間で視聴者に何かを伝えようとしている点は共通しています。

テレビCMの歴史を振り返ることは、広告の歴史だけを見ることではありません。

そこには、テレビ技術の発展、産業の変化、人々の生活、流行、言葉、音楽、社会の価値観まで映し出されています。

だからこそ、テレビCMは日本の戦後史を身近に感じられる題材の一つでもあるのです。


読者へのメッセージ

8月28日の「テレビCMの日」は、いつも何気なく見ているCMを少し違った角度から眺めてみる日にしてみませんか。

日本初のテレビCMは、時計と時報を組み合わせたものでした。

それから70年以上が経ち、テレビCMは映像技術や社会の変化とともに進化してきました。

昔のCMを振り返れば、その時代の暮らしや人々の憧れが見えてきます。

一方、現在のCMを見れば、今の社会が何を求めているのかを考えるきっかけにもなります。

そして、あなた自身にもきっと、

「なぜか今でも覚えているCM」

があるはずです。

好きだったCMソング、印象に残ったキャッチコピー、子どものころに見ていたCM、地元でしか流れていなかったローカルCM。

8月28日は、そんな記憶を思い出してみるのも面白いでしょう。

テレビCMは、わずか数十秒の映像です。

けれど、その短い時間の中には、商品だけでなく、その時代の暮らしや文化、そして私たち自身の思い出まで映り込んでいるのかもしれません。

今日は番組の合間に流れるCMを、いつもより少しだけ意識して見てみてはいかがでしょうか。


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