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3月17日「聖パトリックの祝日(セント・パトリックス・デー)」とは?由来・歴史・クローバーの意味と世界のイベント

たくさんの緑のクローバーに囲まれた、緑の帽子と服を着たレプラコーンのねんどろいど風キャラクターが四つ葉のクローバーを持って微笑んでいる横長のイメージ。

毎年3月17日は、世界各地で街が鮮やかな緑色に染まる特別な日です。

この日は 聖パトリックの祝日(セント・パトリックス・デー) と呼ばれ、アイルランド の守護聖人 聖パトリック を記念する祝日です。

英語では St Patrick's Day と表記され、キリスト教における聖人の記憶日(聖名祝日)のひとつでもあります。現在では宗教的な意味合いだけでなく、アイルランド文化を祝う世界的なお祭りとして知られています。

緑色の服、クローバー、パレード、そして街を彩るライトアップ。
この日には、普段とは違う華やかな光景が世界中で広がります。

今回は、聖パトリックの祝日(セント・パトリックス・デー)の歴史や由来、そして意外と知られていない雑学を詳しくご紹介します。


聖パトリックの祝日(セント・パトリックス・デー)とは?

聖パトリックの祝日(セント・パトリックス・デー) は、アイルランドにキリスト教を広めた聖人 聖パトリック の命日を記念する日です。

キリスト教では、聖人の命日を記念する「聖名祝日(聖人の記憶日)」があり、この日もそのひとつにあたります。

アイルランド では何世紀も前からこの日を祝う習慣が続いており、1903年(明治36年)に正式な祝日として制定されました。

その後、アイルランドがイギリスから独立すると、この日は宗教的な記念日だけでなく、アイルランド文化や民族の誇りを象徴する祝祭日として発展していきました。

現在ではアイルランド国内にとどまらず、世界中で祝われる国際的なお祭りとなっています。


聖パトリックとはどんな人物?

アイルランドの守護聖人である 聖パトリック は、5世紀頃に活躍したキリスト教の宣教師です。

意外なことに、彼はアイルランド生まれではなく、当時の ブリテン島(現在のイギリス周辺)で生まれたと伝えられています。

16歳の頃、彼はアイルランドの海賊に捕らえられ、奴隷として連れ去られてしまいました。
その後、約6年間にわたり羊飼いとして働くことになります。

しかし信仰を支えに脱出し故郷へ帰還。その後キリスト教の聖職者となり、再びアイルランドへ渡ります。

そして布教活動を通じてアイルランドの人々にキリスト教を広め、その功績から守護聖人として敬われるようになりました。


三つ葉のクローバー(シャムロック)が象徴の理由

聖パトリックの祝日(セント・パトリックス・デー)の象徴といえば、三つ葉のクローバーです。

この植物は シャムロック と呼ばれ、アイルランドの国花として知られています。

伝説によると、聖パトリックはこのシャムロックを使い、キリスト教の教義である「三位一体」を説明したとされています。

三位一体とは

  • 父

  • 子

  • 聖霊

という三つの存在が一つの神であるという考え方です。

三枚の葉が一つの茎から伸びるシャムロックは、この教えを象徴するものとして用いられました。

そのため現在でも、聖パトリックの祝日(セント・パトリックス・デー)にはクローバーを服につけたり、緑色の衣装を身に着ける習慣があります。


世界中で行われるパレード

聖パトリックの祝日(セント・パトリックス・デー)は、アイルランドだけでなく世界中で祝われています。

特にアイルランド系移民が多い国では、盛大なパレードやイベントが行われます。

たとえば

  • アメリカ合衆国

  • カナダ

  • イギリス

  • オーストラリア

  • ニュージーランド

など、多くの国でこの日を祝うパレードが開催されています。


シカゴ川が緑色に染まる名物イベント

特に有名なのが、シカゴ で行われるイベントです。

ここでは シカゴ川 の水を蛍光色素 フルオレセイン を使って鮮やかな緑色に染め上げる光景が見られます。

川全体がエメラルドグリーンに染まるその景色は、聖パトリックの祝日(セント・パトリックス・デー)を象徴する世界的に有名な風景となっています。


日本でも行われているイベント

日本でも聖パトリックの祝日(セント・パトリックス・デー)を祝うイベントが開催されています。

代表的なのが
東京セントパトリックスデーパレード です。

原宿や表参道などで開催され、緑色の衣装を身に着けた人々が街を行進します。
アイルランド文化を身近に感じられるイベントとして注目されています。


読者へのメッセージ

3月17日の 聖パトリックの祝日(セント・パトリックス・デー) は、アイルランドの歴史と文化を祝う特別な日です。

三つ葉のクローバーが象徴するこの祝日は、今では世界中の人々が楽しむ国際的なお祭りとなりました。

もし街で緑色の服やクローバーを見かけたら、それはこの日を祝うサインかもしれません。
この機会にアイルランドの文化や歴史に思いをはせながら、この特別な日を楽しんでみてはいかがでしょうか。🍀


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